ナイチンゲールはイギリスの上流家庭に生ま
れ、なに不自由なく育ちました。でも、6才のころに(わたしは幸福ではない)と思いはじめました。ナイチン
ゲールの幸福とは、社交界の花形になり、よいお嫁さんになることではなく、病気に苦しむ不幸な人々を看護することでした。1837年、ナイチンゲールが
17才のころ神のおつげをききました。そして、1844年24才のときに、看護婦になる決心をし家族にうちあけました。でも昔、病院は汚いところだったの
で反対されました。あきらめなかったナイチンゲールは、後にクリミアの戦場へ行き、「ランプをもったレディー」としたわれるようになりました。
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感動した場面はナイチンゲールが、病院の施
設の改善、患者の食事・寝具の改良、衛生環境の整備など、がんこな将軍や役人をあいてにはげしくたたかう場面です。ナイチンゲールは、病院にいるものをそ
ろえようとしました。予算はほとんどナイチンゲールが出しました。ナイチンゲールのほんとうの仕事がはじまったのはこのときからでした。
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ナイチンゲールは自分の全生涯をささげ、傷
病兵の看護をしました。苦しみにみちた日々があっても自分のやりたいことをがんばりました。わたしは、がんばれば自分の夢がかなうのだというこを学びまし
た。
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ナイチンゲールのどんな困難にも立ち向かい、命を守ろうとするところを読んでもらいたいです。
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私だったら自信がないので、神のお告げを聞いてもナイチンゲールみたいに、貧しい人のために全生涯をささげることはできないと思います。
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